ミニトマトを育てていて、作業として一番手を動かしたのが、支柱立てや誘引、剪定でした。ただ、その分だけ「これで合っているのか」という迷いも増えた気がします。
水や肥料よりも、手を入れた痕跡がはっきり残る作業だからこそ、あとから修正できないような気がして、毎回判断が重く感じました。
この記事では、正しいやり方を整理するのではなく、支柱立て・誘引・剪定の場面で、どんなところに迷い、どう距離を取り直してきたかを、そのまま書いています。
支柱を立てるタイミングで迷った話
ミニトマトが伸び始めると、支柱を立てるタイミングが気になり始めます。早すぎる気もするし、遅れると倒れそうで不安になります。
「最初から立てた方がいい」という話と、「成長を見てからでいい」という話の両方を見て、結局どちらが正解なのか分からなくなりました。
結果として、完璧な位置を狙うより、修正できそうな形で軽く立てる選択をしました。それだけで、気持ちは少し楽になりました。
💡POINT
支柱は「最適なタイミング」より「やり直せる余地」があるかどうかで気持ちが変わる。
まっすぐ育てようとして疲れた時期
支柱を立てると、次はまっすぐ育てたくなります。曲がっていると失敗のように感じて、無意識に修正しようとしていました。
ただ、思った通りに誘引できることは少なく、少し時間が経つとまた違う方向に伸びていきます。そのたびに直そうとして、作業が増えていきました。
この頃は、整えるほど気持ちが落ち着くはずなのに、逆にミニトマトのことが気になって仕方がなくなっていました。
💡POINT
形を整えようとするほど、作業も気持ちも増えやすい。
誘引で正解を探しすぎた反省
誘引は、軽く結ぶだけの作業のはずなのに、どこをどの角度で留めるかで毎回迷いました。きつすぎないか、緩すぎないか、その判断に自信が持てません。
結び直すたびに、触りすぎている気がして、余計なことをしているのではと感じました。誘引が、支える作業ではなく、確認作業のようになっていました。
後から振り返ると、細かく調整しすぎず、大きく支える意識の方が楽だった気がします。
💡POINT
誘引は「細かく正す作業」より「大きく支える感覚」の方が続けやすい。
剪定に踏み切れなかった理由
剪定については、特に迷いが大きかったです。切ることで良くなると分かっていても、元に戻せない作業だと思うと、手が止まりました。
わき芽や葉を前にして、今切るべきなのか、もう少し様子を見るべきなのか、毎回判断を先延ばしにしていました。
結局、必要最低限だけにとどめ、それ以上は無理に整えない選択を続けました。完璧ではありませんが、大きな後悔もありませんでした。
💡POINT
剪定は「正しく切る」より「切りすぎない安心感」が大きい。
切らなかったことで気づいたこと
剪定を控えめにしたことで、見た目は少し雑になりました。ただ、その分、ミニトマトとの距離は近づきすぎなかった気がします。
切るか切らないかで悩む時間が減り、様子を見る時間が増えました。結果的に、作業量より気持ちの負担が軽くなりました。
整えすぎない状態を許すことで、家庭菜園が義務になりにくくなったと感じています。
💡POINT
切らない選択も、関係を保つためのひとつの判断。
支柱・誘引・剪定を一緒に考えすぎた話
支柱、誘引、剪定をまとめて考えると、判断が一気に重くなりました。どこを直せばいいのか分からなくなり、作業に取りかかれなくなります。
この三つを同時に整えようとせず、その時に一番気になる部分だけを見るようにしてから、気持ちは整理されました。
すべてを整えなくても、ミニトマトはそれなりに育ってくれました。
💡POINT
複数の作業を一度に考えると、判断そのものが止まりやすい。
支柱立て・誘引・剪定を振り返って
一年を通して感じたのは、これらの作業は形を整えるためというより、気持ちを落ち着かせるためのものだったということです。
完璧に整えようとすると疲れますが、崩れすぎない程度に関わることで、ミニトマトとの距離は保ちやすくなりました。
支柱立て・誘引・剪定は、管理の技術というより、関係を調整するための作業だったように思います。
💡POINT
支柱・誘引・剪定は「正解を作る作業」ではなく「関わりすぎないための調整」。


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