キュウリを育てていて、意外と迷いが多かったのが収穫のタイミングでした。実がついた瞬間は嬉しいのに、いつ採るのが正解なのかは、最後まで分かりませんでした。
早く採りすぎてももったいない気がするし、少し待つと大きくなりすぎる。その判断を毎回迫られることで、収穫は楽しみと同時に緊張する作業になっていました。
この記事では、理想的なサイズや日数を整理するのではなく、収穫を前にしたときの迷いと、採ったあとにどう扱ってきたかを、時間の流れに沿って書いています。
実がついた直後に感じた戸惑い
最初に実を見つけたときは、驚きと嬉しさが同時に来ました。昨日まで何もなかった場所に、小さなキュウリができているのを見ると、一気に現実味が増します。
ただ、すぐに「これはまだ早いのか」「いつ採るべきか」という迷いが始まりました。成長が早いと聞いている分、判断を遅らせるのが怖くなります。
見ているだけなのに、頭の中ではずっとカウントダウンが始まっていました。
💡POINT
収穫の迷いは、実がついた瞬間からすでに始まっている。
採るのを先延ばしにした理由
最初のうちは、もう少し大きくしてから採りたい気持ちが勝ちました。せっかくここまで育ったのだから、もう一段階成長させたいと思ってしまいます。
ただ、その「もう少し」がどれくらいなのか分かりません。翌日見ても変化がないように見えて、さらに先延ばしにしてしまいました。
結果として、判断を自分で難しくしていたように思います。
💡POINT
収穫を先延ばしにすると「判断するタイミング」だけが重くなる。
採り遅れに気づいたときの気持ち
ある日、明らかに大きくなりすぎた実を見て、採り遅れたと感じました。見た目は立派でも、嬉しさより先に後悔が出てきます。
早く採っておけばよかった、昨日の判断が違ったかもしれない。そんな気持ちが頭を占めました。
それでも、実際に切ってみると、思っていたほど悪くないこともあり、判断の基準がさらに曖昧になりました。
💡POINT
採り遅れたかどうかは、見た目より気持ちで決めてしまいがち。
収穫の基準を決めきれなかった話
サイズ、色、触った感触。いろいろな基準を調べましたが、どれも決定打にはなりませんでした。
天気や株の勢いによっても印象が変わり、同じ大きさでも採りたくなる日と、もう少し待ちたくなる日があります。
結局、毎回その場の感覚で決めるしかなく、基準を固定することはできませんでした。
💡POINT
収穫の基準は、決めすぎない方が気持ちは安定しやすい。
収穫が続いたときに起きた別の迷い
収穫が続くようになると、今度は量の問題が出てきました。思っていた以上に採れ、使い切れるかどうかが気になります。
採るのが遅れると株に負担がかかりそうで、採らない選択もしづらくなりました。
嬉しいはずの豊作が、少しだけプレッシャーに変わった瞬間でした。
💡POINT
収穫量が増えると、喜びと同時に管理の迷いも増えやすい。
保存方法を考え始めたタイミング
採ったキュウリを前にして、どう保存するかを考え始めました。冷蔵庫に入れればいいとは思うものの、どこまで鮮度が保てるのか分かりません。
すぐ使うつもりで保存しても、予定通りにならない日もあります。使い切れなかったときのことを考えると、収穫の判断にも影響が出ました。
保存は、収穫の延長にある作業だと感じました。
💡POINT
保存を意識し始めると、収穫の判断にも影響が出てくる。
保存に期待しすぎなかった理由
長く保存できる方法を探しましたが、家庭菜園の量と頻度では、完璧な保存は必要ないと感じました。
多少鮮度が落ちても使い切れる範囲で採ること。その方が気持ちは楽でした。
保存に頼りすぎず、収穫の量を調整する意識に変わっていきました。
💡POINT
保存方法より「採る量」を調整する方が現実的な場面も多い。
収穫と保存を振り返って
一年を通して振り返ると、収穫と保存は技術というより判断の連続でした。正解を当てるより、迷いながら決め続ける感覚に近い作業だったと思います。
少し早めに採る日もあれば、待ちすぎた日もあります。その積み重ねで、自分なりの感覚が少しずつできてきました。
収穫と保存は、キュウリとの距離感を決める最後の工程だったように思います。
💡POINT
収穫と保存は「正解を選ぶ作業」ではなく「迷いを受け入れる工程」。


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