キュウリを一通り育て終えて振り返ると、思い出すのは収穫量や出来栄えよりも、迷った場面の多さでした。順調そうに見える時期ほど、本当にこれでいいのかと考えていた気がします。
うまく育てた実感はあまり残っていませんが、付き合いきれた感覚ははっきり残っています。この記事では、再現性の高い成功法則を書くのではなく、実際に育ててみて反省として残ったことと、結果的に助けになった考え方を整理しています。
手をかけすぎたことが一番の反省
最初に感じた反省は、必要以上に手をかけてしまったことでした。水やり、誘引、剪定、様子見。少し変化があるたびに、何かしなければと思っていました。
毎日見て、毎日判断しているつもりでしたが、振り返ると自分の不安を解消するために動いていた時間が多かったように思います。
結果として、キュウリより自分の方が落ち着いていなかった時期がありました。
💡POINT
手をかけた量と、安心できた感覚は必ずしも比例しない。
成長が早いことに振り回された話
キュウリは変化が分かりやすく、昨日と今日で姿が違います。そのスピードに安心する一方で、判断が追いつかない感覚もありました。
少し目を離すと、つるが伸びすぎていたり、実が大きくなりすぎていたりして、焦りが生まれます。その焦りが、余計な作業につながっていました。
成長の早さは魅力でもありますが、気持ちの準備が追いつかないと負担にもなります。
💡POINT
成長が早い野菜ほど、判断の余白が少なく感じやすい。
正解を探しすぎて疲れた時期
困ったことが起きるたびに、正解を探そうとしました。水が足りないのか、肥料なのか、環境なのか。調べるほど選択肢が増え、決められなくなります。
正解を知れば安心できると思っていましたが、実際は迷いが長引くだけでした。情報を集めるほど、自分の判断に自信がなくなっていった気がします。
💡POINT
正解探しは安心感をくれる一方で、判断力を奪うこともある。
触らなかった判断が助けになった場面
意識的に何もしない期間を作ったことがありました。毎日見ない、細かく調整しない。それだけで、気持ちはかなり楽になりました。
問題が悪化するのではと不安もありましたが、結果として大きなトラブルは起きませんでした。自然に持ち直したように見える場面もありました。
何もしない判断も、立派な関わり方だと感じました。
💡POINT
何もしない判断は、放置ではなく「介入しない選択」。
期待を上げすぎていたことに気づいた
収穫量や見た目に、知らないうちに期待をかけすぎていました。たくさん採れるはず、きれいに育つはずという思い込みがありました。
その期待がある分、少しうまくいかないだけで、失敗した気持ちになります。期待を下げたことで、小さな変化や収穫を素直に受け取れるようになりました。
💡POINT
期待を下げることは、諦めではなく余白をつくる行為。
成功と言い切れないけれど助けになったこと
はっきりと成功と言える場面は多くありませんでした。ただ、結果的に助けになったことはいくつかあります。
極端な対策をしなかったこと、完璧を目指さなかったこと、深追いしなかったこと。これらが、大きな失敗を避けることにつながっていました。
💡POINT
成功は「当てにいった結果」より「避けた結果」として残ることがある。
来年に活かしたい反省点
もしもう一度育てるなら、作業量を意識的に減らしたいと思います。支柱や誘引も最低限にして、調整できる余地を残したまま進めたいです。
正しい手順をなぞるより、その年の状況に合わせて関わり方を変える方が、自分には合っていました。
💡POINT
次に活かせる反省は「やり方」より「力の抜き方」に残る。
キュウリを育てて一番残った感覚
最終的に残ったのは、うまく育てたという達成感より、付き合いきれたという感覚でした。失敗しなかったわけではなく、失敗と距離を取れたという方が近いです。
キュウリは管理する対象というより、毎回考え方を調整させられる存在でした。その感覚が残ったこと自体が、一番の成果だったのかもしれません。
💡POINT
反省点は減らせなくても、付き合い方は毎回更新できる。


コメント