庭に出る時間は、ずっと午前中が正解だと思っていました。効率もよく、体力も残っていて、作業もはかどるからです。
午後や夕方に出ると、日も傾いていて、何となく遅れを取り戻すような感覚がありました。
でもある日、夕方しか時間が取れず、仕方なく外に出たことがありました。
そのとき、思っていたより気持ちが静かだったことに気づきました。
午前の庭とは違う、少しゆるんだ空気がありました。
夕方の光は急がせない
夕方の庭は、光がやわらかくなります。強い日差しがなく、影も長く伸びています。
その景色を見ていると、不思議と急ぐ気持ちが弱まります。
午前中は「今日のうちに」と考えがちですが、夕方は「今日はここまで」と思いやすい気がしました。
時間の終わりが近づいているからこそ、欲張らなくなるのかもしれません。
💡POINT
時間の終わりが見えると、焦りは少し落ち着きます。
できることが限られている安心
夕方は作業できる時間が短いとわかっています。
全部やろうと考えず、できることだけに目が向きます。
水やりだけ、倒れた株の立て直しだけ、ほんの少しの手入れだけで終わる日もあります。
それでも「足りない」というより「ちょうどいい」と感じました。
💡POINT
限られた時間は、不思議と基準をやさしくしてくれます。
一日の終わりが気持ちを整える
夕方は、その日の出来事がひと段落した時間でもあります。
うまくいかなかったことや、気になっていたことが少し落ち着いています。
庭に立つと、その日の延長ではなく、切り替えの時間のように感じられました。
午前の庭が「始まり」だとしたら、夕方の庭は「整える時間」に近い気がします。
💡POINT
夕方の庭は、作業というより気持ちの整理に近い時間になります。
作業量より空気を感じる時間
夕方は作業量が自然と少なくなります。
そのぶん、風の音や葉の揺れに意識が向きます。
昼間よりも静かな空気の中で、ただ立っている時間が増えました。
何かを進めるより、今日の庭を確認する時間のように感じます。
💡POINT
進める時間より、確認する時間のほうが焦りは少ないです。
午前とは違う見え方
同じ草でも、夕方は少し柔らかく見えます。
強い光に照らされる午前は、乱れがはっきり見えますが、夕方は輪郭がやさしくなります。
荒れているというより、自然に近い景色に見えることもあります。
見え方が変わると、評価も少し変わりました。
💡POINT
光が変わると、庭の評価も変わります。
焦らないと決めなくても焦りが減る
午前中は焦らないように意識することがありました。
でも夕方は、特に決めなくても焦りが弱まっていました。
時間が短いことを受け入れているからかもしれません。
できる分だけやるという前提が、最初からあるように感じました。
💡POINT
前提が変わると、無理に気持ちを整えなくても落ち着きます。
夕方という選択肢を持つ
今でも午前に出る日もあります。
でも焦りが強い日は、あえて夕方に出ることがあります。
時間帯を変えるだけで、庭との距離が少し変わります。
効率より気持ちを優先する日があってもいいと思えるようになりました。
夕方に庭へ出ると、焦りが減る気がします。それは庭が変わったのではなく、自分の受け取り方が少し変わったからかもしれません。
💡POINT
時間帯を変えるだけで、庭との関係はやわらぎます。

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